等々力渓谷について
等々力渓谷、武蔵野台地の南端に位置する延長約1Kmの渓谷です。
谷沢川が多摩川と合流する手前で、多摩川が形成した河岸段丘、いわゆる国分寺凱旋の侵食によってできた、東京都区内でも珍しい渓谷として知られています。
『等々力』の地名は、渓谷内の『不動の滝』の音が響き渡り『轟いた』ところからついたとの言い伝えがあります。
滝の上部には、平安時代に役の行者の霊場とされた等々力不動尊があり、かつてはこの滝にうたれて行をする修行僧が各地から訪れたといいます。
渓谷内には『等々力渓谷第3号横穴古墳』があります。これは谷沢川の東斜面の崖に群集している横穴のひとつで、古墳時代末期から奈良時代のものと推定されています。
この渓谷は、昭和8年(1933年)、国から風致公園として指定されました。
世田谷区では、昭和49年(1974年)に渓谷の河川と斜面地の一部を風致公園として開園しました。
等々力渓谷では、四季折々の多くの植物や生物を見ることができ、都会とは思えないような自然に触れることができます。
等々力渓谷公園について
平成17年4月、等々力渓谷公園の一部として新たに拡張開園した区域も名勝指定区域に含まれ、園内には斜面林や湧水など、豊かなみどりが残されています。
この公園拡張区域は谷沢川の右岸に位置し、崖地の地形や自然環境を巧みに活かし作庭された庭園が保存されています。
この庭園は著名な造園家により、昭和48年に作庭されたものとして記録されています。
また、園内には昭和36年に棟上げされた書院建物も保存されています。この書院周辺の庭、流れ、滝の石組み、崖地の地形を活かし付けられた石畳の園路など、建物と庭が一体となった自然・文化的環境が残されています。
野毛大塚古墳について
墳丘の全長が82m、高さ約11mほどの帆立貝式としては全国でも最大級に前方後円墳である野毛大塚古墳(都指定史跡)があります。
明治30年(1897年)に下野毛村の青年たちが好奇心から頂上を掘ったところ、石棺と大量の副葬品が発見され、帝室博物館が調査にきました。この古墳には、当時の盗掘騒ぎを描いたお話しも伝わっています。
平成元年から、公園整備のための学術調査が始まり、多くの成果が得られました。
墳丘は、築造当時の姿に復元され、平成5年に公開されました。大型の帆立貝式古墳の復元は、全国初の試みでした。
一部を除き、立ち入りは自由です。
明治30年出土の人骨・直刀・甲胃・勾玉や斧・坪などの石製模造品は、上野の国立博物館が所蔵し、学術調査で出土した遺物は教育委員会が保管しています。
 
等々力渓谷近辺に伝わるお話
■赤い血をふく野毛の大塚古墳
明治30年(1897年)に、この大塚から石棺が見つかりました。その時、下野毛の青年が奇妙な死に方をし、たたりにあったと言う噂が広がりました。また、一人、青年が血を吐いて死に、もう一人は狂ってしまいました。
死んだ青年の弔いに立ち会った者までが、頭痛を訴え、寝込むありさまです。
村の世話役で名主の新兵衛は、これはただごとではないぞと、二人の青年について家族に心当たりを聞いてみましたが、これと言う答えがありません。次の朝、新兵衛は思い当たることがあって、大塚へ行ってみると、狂った青年がそこで汚れた手を合わせて何かさかんに唱えていました。近づいてみると、塚から血のような朱がべっとりににじんでいるではありませんか!「ばちあたりめ、塚を掘ったな!」と新兵衛が言うと、青年は正気に戻って「おらだけでない、死んだ平吉も掘ったんだ」と答えました。「盗んだものをもとに戻したのに赤い血が吹き出て、土をかけてもかけても、止まらない。だからお祈りしていたんだ」と。
新兵衛が塚の穴を土で固めると、赤い血は止りました。ふと見ると、今まで横にいた青年がいません。
新兵衛が家に帰ると、青年の母親が来て、息子が血を吐いて死んだと知らせました。
騒ぎ収まった頃、村人たちは鎮魂のため古墳の頂に吾妻神社を祀りました。

■等々力地頭山の名医女狐と語る

■流れついた神様が野毛村を洪水から守る

■天に向かってのびる大傘で野毛のカワウソが道案内

■貝とり娘とお不動様のお使い
『世田谷の民話』
こちらは玉川総合支所の方で取り扱っております。
野鳥について
等々力渓谷で見られる主な野鳥
・ハジブトガラス
・オナガ
・シジュウカラ
・キジバト
・ツグミ
・コゲラ
・アオジ
・メジロ
・ウグイス
・スズメ
・ジョウビタキ
・ヒヨドリ

・キセキレイ
・ムクドリ
・コサギ
・カルガモ



カルガモ
分類 : カモ目カモ科
採餌 :  水田や湿地を歩きながら、首を水中に入れたり、逆立ちになって上半身を水中に入れて水底の植物をとる。雑食性だが、草の葉・茎・種子などが主要食である。
写真 : 等々力渓谷内で2005年12月に撮影


コサギ
分類 : コウノトリ目サギ科
採餌 :  川の浅瀬や水田を歩いて川魚、ザリガニなどを食べる。また浅瀬を活発に歩き回ったり、岸辺で待ち伏せしたりして捕食する。
写真 : 等々力渓谷内で2006年3月に撮影